川崎総合法律事務所

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DV被害者と定額給付金

本田 正男 (弁護士)

 3月4日国会の決議を得て総額2兆円に及ぶ定額給付金の支給が正式に決定しました。

 定額給付金給付事業の概要によれば,給付対象者は基準日である今年の2月1日に住民基本台帳に記録されている者とされ,申請・受給者は給付対象者の属する世帯の世帯主とされました(平成14年4月2日から平成17年4月1日までの間に生まれた第2子以降の児童を対象とし,一人当たり36,000円を支給する子育て応援特別手当も同一の基準によっています。以下では,当該手当を含めて「給付金等」といいます。)。

 ところが,私たち弁護士が日常扱っている離婚事件の依頼者の方々の中には,配偶者から暴力を受け,行政に保護されるなどして一時避難し,自分や子の生命身体の安全のために,現実の居所を明かさず,住民票を異動しないまま別居生活を送ることを余儀なくされているいわゆるDV(domestic violence)の被害者の方をはじめとして実際には別居していていても離婚問題が解決するまで住民票を異動できない事情のある方,また,たまたま今年の2月1日以降に離婚が成立したために住民票の異動が上記の基準日以降になってしまった方たちなどがいらっしゃいます(ちなみに,今年3月の警察庁の発表によれば,平成20年の1年間に全国の警察に寄せられたDVの相談や被害届の件数は,前年比20.1%増の25,210件に上り,平成13年のDV防止法施行以降最多となっています 。また, 最近10年程離婚者数は,毎年年間25万組を超えていますので ,単純に計算して,1か月で2万人以上,5月1日の時点では,全国で6万人以上の人が上記の基準日以降に世帯を別にしたことになります。)。

 給付金等について,基準日における世帯主のみが申請を行うことができるという前述の建前からすれば,上記のような場合,結婚生活について問題を抱え,世帯主である夫と対立している妻は,自ら夫に対して給付金等の引き渡しを求めて請求する他ないことになります(多くの家庭で夫が世帯主となっていることについては説明の要らない事実だと思います。)。しかし,DV事件の被害者である妻が世帯主である夫に対して給付金等の引き渡しを求めて連絡をとるということは,それ自体が自分自身や同居する子などの生命身体に直接的な危険を発生させますから,事実上不可能であることが常態です。また,そこまで危険な事案ではなくとも,一般に感情的な軋轢を生じやすい離婚前後の関係の中で配偶者等に連絡をとることが著しく困難な事案や,連絡をとること自体はできても配偶者の感情的な対応により結果として本来受け取るべき給付金等が受け取れないこととなる事案が数多く発生することは容易に想像されます。そもそも定額給付金は,「景気後退下での住民の不安に対処するため,住民への生活支援を行う」という目的をもつ施策ですから,本来国民一人一人が,その判断において受給を選択し,また,受給を受けた金員をその生活上の必要に応じて利用することが想定されていた筈です。上記のような方々に対する給付金等については,本来別居に関する客観的な証明資料などを確認して,形式上の世帯主と別居する世帯員については,その分の給付金等を分離支給さえすれば済む問題であると思われますが,今回総務省は,基準日時点の世帯主にのみ申請を認めるという前述の建前について例外を認めず,いわば,給付金等を受け取る側の切実さよりも,給付にかかる事務手続上の便宜を優先させてしまったのです。

 以上のような問題に対して,横浜弁護士会では,予算成立の翌日である3月5日から横浜あかり法律事務所の佐賀悦子先生を中心とした有志の弁護士が運動を始め,武井共夫会長(当時)の英断で,同月11日には全国の弁護士会に先駆けていち早く上記の問題点を指摘する会長談話を発表しました。その後,日弁連においても,両性の平等委員会を通じて運動を展開し,同月17日には,日弁連及び横浜弁護士会の有志から総務省に対してDV被害者の他,ネットカフェ難民やホームレス状態にある人々など本来最も生活支援を必要とする者への給付が困難であるという課題の解決を求め申入を行うに至りました。その他にも,有力とされる議員を訪ねて問題状況を訴えたり,総務省に出向いて公開質問状を提出したり,報道機関に働きかけをし,世論喚起に努めるなど水面下での活動を続けつつ,最終的には,弁護団を結成し,神奈川県内に在住あるいは住民票のあるDV被害者を中心として申立人を募り,横浜市他の自治体に対し,自分たちの定額給付金を形式上の世帯主に給付しないように求める仮処分を4月22日横浜地裁へ申し立てるところまで歩を進めました。

 この申立ては読売新聞等の一部マスメディアにおいて大きく報じられ,総務大臣も閣議後の記者会見においてDV被害者への支給漏れ対策を講じるよう全自治体に要請する考えを示すに至りました。その結果,5月12日の衆議院総務委員会における総務大臣の答弁によれば,4月20日の時点で,DV被害者に対し,定額給付金と同額を独自に支給したり支給を検討している自治体が287に上るとの総務省集計が明らかにされるまでに運動して盛り上がりました。そして,ついに,政府は,平成21年度補正予算において,「DV被害者等に対する定額給付金相当額の支給」という項目を盛り込みました。同補正予算は,5月29日に成立し,この結果,各自治体が対策をとった場合,国の予算を利用することができるようになり,公的な証明を有するDV被害者は広く救済を受けられる見込みが立つに至り,これまでの運動に一定の成果をもたらすことができたと考えています。

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