川崎総合法律事務所

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団地がマンションに生まれ変わるまで

本田 正男 (弁護士)

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。この事務所報を発行するようになってからだけでも、すでに9年の歳月が流れました。これまで事務所報で個別の事件について書いたことはありませんでしたが、今回初めて1つの事件に触れさせて頂ければと思います。それは港南台駅前にあったとある団地の建替えにまつわるお話しです。

 JR根岸線の南の終点大船駅の二駅手前に港南台という駅があります。駅前には、高島屋などの大型商業施設もあり、また、付近には賃貸・分譲を含めいくつもの団地が建っています※1から、駅を利用された方もいらっしゃることと思います※2。私が港南台に通うようになったのは、10年以上前にさかのぼる平成13年のことになります。駅前のダイエーの隣に位置する「うぐいす住宅」は、旧住宅公団が昭和53年(1978年)に分譲した5棟、96戸からなる団地型の区分所有建物でしたが、平成12年(2000年)の春に行った建替え決議で、区分所有法の定める建替え要件である5分の4の賛成に一棟で一票だけ足らないという僅差で建替えが否決されたのでした。この頃の団地は、5階建てであるのにエレベーターのない利便性の低さと、改正された建築基準法の求める基準に適合しないという耐震上の不安から建替えをすすめたいという積極派と、建替えを強引にすすめようとするある建設会社からのアプローチの不適切性や違法性を問題にし、大規模な修繕による居住環境の改善も検討するべきという考えの慎重派との間での、いわばお隣さん同士の住民間の対立が感情的に流れるまでに深刻な状態となっていました。

 一旦頓挫してしまった建替えを進めることもできず、かといって、新規のプランを別に構築することもできない八方ふさがりの中、当時の管理組合の理事の方は、管理組合に顧問の弁護士をつけることで、閉塞的な状況を打開し一歩を踏みだそうと考え、顧問弁護士の人選を横浜弁護士会に依頼したのです。これ以降私の港南台通いが昨年まで続くことになりました。

 この間平成14年にはマンションの建替えの円滑化をすすめる法律、翌平成15年には改正区分所有法がそれぞれ施行され、私も顧問弁護士として、平均月に2回ほどのペースで、週末団地内にあった集会場に通い詰めました。また、建築の専門家である一級建築士の方にも顧問となって頂き、たびたび貴重な助言を頂くなどしました。

 弁護士にとって依頼者は通常一人ですから、ある意味、そのお一人のご意向さえしっかりと把握していればこと足りることになりますが、団地には、96戸の世帯があり、当初は顔も名前もよく分からない中で、右をみても、左を向いても、ご不満やお小言を頂戴してしまう、誰と話をすればよいのかさえ分からないような手探りの会合が続きました。ところが、しばらくお付合いを続けさせて頂いているうちに、住民の方々も、それぞれにご専門をもち、また、中には健康な批判的精神とでも言ったらよいでしょうか、立派なご見識と住民の皆さんの意見形成を指導する優れた力を持たれた方が何人もいらっしゃることに気づくようになりました。そしてまた、何よりも、住民の方々誰もが、自分たちの住まいという人生設計の上で大きな割合をしめる問題について、情熱をもって真剣に考えをめぐらしていらっしゃること、加えて、偶然ながらも区分所有建物という同じ一つの運命共同体に乗り合わせたことの必然的な制約として、自分のことだけでは足りず、さらに、団地住民全体の最善の利益を考えられるようになっていったこと、そして、実際に、私が団地を訪れるようになる以前から、多くの住民の方が、少なからぬ汗を他人のためにかかれていらっしゃったことを肌で知るようになりました。弁護士として、手続の適正、物事の段取りには殊に気を配ったようには思いますが、建替えか修繕かの大きな方向性を打出す判断、協定などの従前のしがらみの解消や清算、新しい事業協力者の選定などなど、それ以降も文字通り山あり谷ありだったこの間のいずれの局面においても、最終的には、住民のみなさんが主導し、決定する、その自発的な合意形成が何よりも強い力を生み出す源泉となりました。試練のようなひとつひとつの節目を通り抜け、最後には、住民のみなさんの結束は揺るぎないものへ収斂していったのです。

 平成19年3月の円滑化法に基づく一括建替え決議を受け、平成20年の横浜市の環境設計許可の取得、平成21年には解体工事、本体工事に着手、平成23年2月には周辺環境等公益性にも配慮しつつ、ついに265戸のマンションとして生まれ変わり、昨年8月にはマンション建替え組合の解散、そして、清算の手続も終わり、住民の方々が長い間夢に描いてきた新しい生活は始まり、私にとっても思い出に残る建替え事業は結びの運びとなりました。

※1 駅周辺を住宅地として開発した日本住宅公団によって、分譲販売団地には山鳥、賃貸団地には海鳥の名前が付けられています。
※2 昨年度のデータでは、港南台駅の一日当りの平均乗降客数は、33,248人となっています。

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