川崎総合法律事務所

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「依存症の人たち」

若松 みずき (弁護士)

 私は、刑事弁護に熱をいれすぎてしまう傾向にあるようです。特に何かの依存で犯罪をおかしてしまった方は、その依存から抜け出さない限り同じことを繰り返してしまうので、なんとか抜け出してほしいと願い、時間も労力もかけてしまいます。経済的に困窮している被疑者(逮捕・勾留されているがまだ起訴されていない人)や被告人(起訴された人)の弁護人報酬を国が支出する国選弁護人は、低額な報酬なので、時間や労力をかければかけるほどボランティアに近づいてしまいます。それでも、どんな経緯であれ出会ってしまった目の前にいる一人には、できれば幸せになってもらいたいと願ってしまうので頑張ってしまうのです。

 薬物依存の方の育った環境を聞いてみると、自分に価値がないと感じてしまうような経験をしている人がほとんどです。親から虐待を受けていた方など家庭環境に恵まれなかった方も少なくありません。人生のどこかで諦めてしまって、薬物に逃避してしまっているように思えます。

 彼らは、たいてい「やめようと思えばいつでもやめられる」と言います。そして、捕まったときには本当にやめようと思っています。でも、やめられなかったから今捕まっているのだという現実に向き合わなければ、その後もやめ続けることはできません。今まで、薬物という簡単な逃避方法を使ってしまった人が、その逃避方法を使わずに現実の困難と向き合うのはとても大変なことでしょう。大きな覚悟と支えが必要です。

 彼らの中には、「誰かの役に立ちたい。このまま生きていても誰の役にもたてないと思う。でも、死ねば臓器提供ができるから何人かは救えるんじゃないか。だから死にたい」というようなことを言う人もいました。冗談で言っているのではなく、彼なりに頑張って考えたようでした。

 被疑者や被告人の話を聞いていると、「人の役に立つ仕事がしたい」という人は少なくありません。人にとって「誰かの役に立ちたい」というのは根源的な欲求なのだと感じます。

 でも、自分にはそれほどの価値がないと思っていて、役にたつことができないと考えていて、そしてそのことと向き合いたくないから、薬物を利用してその現実から逃げてしまうのです。

 私は、彼らが、「自分は逃げていた。自分には価値がないと思っていたけれどそれは努力をしていないだけだった。まずは薬物に逃げるという方法をやめよう」と気づく手伝いをしたいと思い、心をこめて接見をしています。精神科医ではないので、治療はできませんが、彼らが前を向けるきっかけくらいにはなりたいと考えて接しています。

 私が刑事事件で、弁護人として彼らとかかわることができるのはせいぜい1、2ヶ月ですので、彼らが気付き、薬物から抜け出す覚悟をするのに間に合わないこともありますが、こちらの心が通じることもあります。

 3年前に弁護人と被疑者という関係で出会った薬物依存の方で、接見を重ねる中でどんどん考えが変わっていき、最後には、当時の環境を全て捨てて仕事をやめ、住む場所を変え、薬物依存から抜け出すための支援を得て(そのときはダルクを利用しました)変わる覚悟をしてくれた方がいます(その生活環境の友人には薬物を使用する仲間がいました。仕事で得たお金は薬物を購入する資金源でした)。

 その方は3年前に執行猶予判決を得てから現在に至るまで数ヶ月に1度必ず手紙をくれます。覚せい剤を使いたくなるときがあること、でも、仲間や大切な人がいるから我慢できていること、覚せい剤を使いたいと思う回数が段々減ってきたこと、自分がしたいと考えている仕事・活動等、手紙から彼の気持ちや状況が伝わってきて、とても嬉しいです。彼のために心を砕いて本当に良かった。

 執行猶予判決をくれた裁判官に伝えたいと思うくらい、彼は、毎日努力し続けています。

 育った環境は恵まれていなかったかもしれないけれど、これからの人生は彼ら自身の手で変えられるということに気がついてもらえるよう、せめてそのきっかけくらいにはなれるように、きっとこれからも一生懸命になってしまうのだと思います。だから、やっぱり刑事弁護はほどほどにしようと思います。

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