川崎総合法律事務所

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初心

若松 みずき (弁護士)

 私は、小学生のころから医師になりたいと思っていました。

 苦しんでいる人が目の前にいるときに、何もできないのは嫌なので、医師になって、飛行機や電車の中でも旅行中でもどこでも人を助けられるような人物になりたい、と思っていました。

 そんな私が弁護士を目指すようになったきっかけは弟が医療過誤に遭ったことです。訴訟に至り、弁護士という職業を知りました。

 とはいえ、弁護士になったばかりの頃は、当然医療知識もなく、医療過誤問題に取り組むにはハードルが高く、躊躇していました。

 しかし、最近、初心にかえり医療過誤問題に取り組もうと考え、医療問題弁護団に所属し、医師による症例検討を見学させてもらったりしながら少しずつ勉強しているところです。

 話は変わりますが、先日、TEDというアメリカの番組で「間違いについて」というテーマで様々な人がスピーチをしていました。その中に医師がいました。彼のスピーチにはこのような内容が含まれていました。「医師も間違いを犯す。しかし、それを誰かに話すと皆静まってしまい、顔を背ける。医師にとって間違いはタブーであり話をすることができない。それが、間違いを減らす障害になっている。」というものです。

 私は、その考えに共感しました。

 医師も人なので、間違うのは当たり前です。しかも、検査結果や問診等から素早く病気を推測し、治療していかなければならず、「推測」という過程が入る以上、必ず間違う場合が出てきます。ほんの数分数秒の判断が、結果を左右することもあるでしょう。それらのことを考えれば、医療における「間違い」というのはあってはならないものだけれど、決してなくならないものだとも思います。なので、私は、医師が間違いを犯すのを正したいというわけではありません。

 医療過誤は必ず起こる。しかし、そのことは、おそらく日本の医療業界でもタブーです。間違いがあった場合には、隠し、なかったことにしたがります。私の弟の場合もそうでした。隠そうとしたために、損害は広がりました。

 医師は、訴訟の中で「損害賠償請求訴訟をされることが医療業界の萎縮を招く」と主張したりします。しかし、それは誤っています。何らかの間違いがあり、それによって、人の生命・身体に損害を与えてしまったのならば、それはきちんと償うべきです。過誤があることを前提にして、医療は行われなければなりません。過誤をタブーにしてしまっては、過誤の頻度を低くすることはできません。過誤があった場合には、それを認め補償(賠償)し、その上で、過誤が起こらないようにするためにはどうすべきかをオープンに話し合う環境が作られることが理想だと思います。そのためには、まずは、過誤はなくならないということを前提としてきちんとその補償(賠償)がなされるような風土を作ることが必要だと思います。きちんとした賠償がなされるのであれば、過誤について話すこともタブーではなくなるのではないでしょうか。また、過誤があった場合に賠償することが当然になれば医療側の過誤を少なくするための検討も進むのではないか、とも思います。私は、まずは「過誤を認めて、賠償する」ということを当たり前にしていきたい、と考えて、今は取り組んでいます。

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