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浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して

小川 健一 (弁護士)

 天正10年(1582年),備中高松城(びっちゅうたかまつじょう)の城主・清水宗治(しみずむねはる)は統一政策を進める織田信長の家臣・羽柴秀吉から水攻めにあい,落城寸前に追い込まれる。秀吉は,宗治の命を条件に城兵を助命する講和を呼びかけ,それに応じた宗治は家来を守るために水上の船において切腹した。
 この男の中の男,清水宗治。何を隠そう私の先祖であります。彼の切腹がなければ家族が殺され私はこの世に生まれていなかったかもしれません。
 秀吉は,後に小早川隆景に「宗治は武士の鑑であった」と絶賛したといわれており,宗治の切腹が見事であったことから,以降,武士の切腹作法は名誉ある死として定着する事になりました。タイトルは宗治の辞世の句ですが,ネットで調べると「ジーンとくる!!戦国武将が散り際に放った辞世の句ベスト5」の第1位に輝いていました。嬉しい限りです。
 私は,以前から自己紹介などでよく先祖宗治の話をしていました。学生時代は「先祖が戦国時代の武将です」と言うと,決まって相手は「誰?誰?」と興味を示してくれましたが,「清水宗治だよ」と言うと決まって「…誰?」という反応が返ってきました(残念ながら学校の教科書には載っていないのです)。そして「秀吉に水攻めにあって切腹した人だよ」と言うと,なんだしょぼい武将だなという風にひと笑いが起きたものです。
 しかし,最近,同じように自己紹介をすると「清水宗治!あの備中高松城の!切腹の!」と思いがけず良いリアクションをしてくれる人たちがいます(歴史マニアが増えているのでしょうか)。自己紹介のオチがなくなってしまいますが,興味をもってもらえるのはそれはそれで喜ばしくもあります。
 そんな私にも,ふと武士の血が流れているのかなと感じる瞬間があります。
 旅行などで城を見ると,ものすごくテンションが上がります。血が騒いでいるのでしょう。(知人には城でテンションがあがるのは普通だよと諭されました)。
 学生時代,急にどうしても竹刀が振りたい気分になり,剣道部の友達に使わない竹刀を譲ってもらったことがあります(※周囲を確認し安全な場所で振っております)。
 また,現在,神奈川県弁護士会の野球部に所属していますが,守備よりもバットを振ることが大好きです(刀を振っていた名残りでしょうか?)。
 ややこじつけではありましたが,弁護士一年目を終えて感じているのは,先祖宗治のように何か世に名を残す人物になりたいということです。まだまだ未熟な私ですが,精進して参りますので今後ともどうぞよろしくお願い致します。
 最後に一句。
 浮世をば 今こそ渡れ 弁護士の 名を川崎の 苔に残して」

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